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更新日: 2019年1月15日

小郡官衙遺跡群 上岩田遺跡(国指定史跡)

2_kamiiwataiseki1.jpg 2. 小郡官衙遺跡群 上岩田遺跡(国指定史跡)

 上岩田遺跡(かみいわたいせき)は、7世紀後半から8世紀前半の遺跡で、工業団地造成の際に発掘調査が行われ、その歴史的価値の高さから、2000年に国指定史跡となりました。
 東西約18m、南北約15mの大きさに土を固めた基壇があり、その上に建っていた瓦葺(かわらぶ)きの建物は、寺院の金堂と考えられる九州では最古級のものです。さらに門や柵に囲まれた同じ敷地内には、大型の掘立柱建物群(ほったてばしらたてものぐん)が並んでいました。
 調査から、寺院とこの建物群が一体となって役所を構成していたとみられ、信仰を利用して中央政権が地方の統治を進めたことを表す非常に貴重な史跡だと考えられます。
 なお、頑丈な基壇にたくさんの地割(ぢわ)れがあることから、多くの建物は地震のために倒壊したと推測されます。この地震は『日本書紀』にある678年の筑紫国地震(ちくしのくにじしん)とする説が有力です。
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▼指定文化財を音声で案内します
(※音声データの著作権は小郡市教育委員会に帰属します。)

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English

2. Kamiiwata ruins

 Kamiiwata ruins were mainly inhabited from the late 7th to early 8th centuries. The strong foundation used to support a building with a tile roof, which is thought to have been an early temple. In the north of the same site used to stand buildings without a foundation, which are thought to have been government offices. The positioning of the temple and government offices side by side suggests that the ancient central government was attempting to symbolically associate the religious. It offers an indicator the government tried to rule over regions, making use of religion. The ruins have been a designated national historic site since 2000.

한글

2.오고리 관아 유적군 카미이와타 유적

 이 유적은 7세기 후반부터 8세기 전반의 유적으로 동서18.m 남북 15.m 크기의 흙을 다진 기단이 있으며 그 위에 세운 기와지붕 건물은 규슈에서 가장 오래된 사원의 금당이었습니다. 같은 부지 내에서는 대형의 굴립주 건물군이 나열되어 있었습니다.
 조사결과 사원과 이 건물군이 함께 관공서를 구성했다는 것을 알 수 있었습니다. 신앙을 이용해서 지방정비를 추진한 중앙정권의 정책을 볼 수 있는 대단히 귀중한 사적입니다. 그리고 그 금당의 튼튼한 기단이 많이 갈라져 있는 것으로 보아 많은 건물들이 678년의 지진으로 부서진 것이 아닐까 추측됩니다.


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小郡市役所 文化財課 文化財係
〒838-0106 小郡市三沢5147番地3(小郡市埋蔵文化財調査センター内)
電話:0942-75-7555(直通) / ファクス:0942-75-2777
メール:メールでのお問い合わせはこちらから

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